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2008年7月20日 (日)

待望の?灼熱の皆生

 10:18:33 スイム1:04:58 バイク5:02:14 ラン4:11:21 総合56位 年代別2位 でした。デュアスロンの昨年よりも高順位なのですが、これは耐久レースに成ったおかげで他が落ちた結果であり、タイムやレース展開的にはいくつか反省点が残るレースでした。取りあえず終わってホッとしています。

 今からウェット洗って寝ます。詳細は明日からボチボチと。****************************************************************

 暑い中を応援に来ていただいた皆様、ありがとうございました。主催者と選手は当たり前に馬鹿だけど、応援するあんた達も物好きね(笑)と言いたくなるくらいの暑い一日でした。暑い中をありがとうございました。
 今年はゴール後に軽い吐き気が続いていて、競技場ではかなりの時間を横になって過ごしていました。声をかけて貰っても聞こえなかったり無愛想で失礼な態度だったかもしれません。すみません。
 ホテルに帰ってからも吐き気が収まらず、誘っていただいた夕食にも一緒に行けませんでした。楽しみにしていたのに残念で申し訳ないです。来年はこういった部分ももう少し強くなります。

 取りあえず当日分には全般的な流れを書いておきます。

 04:00に目覚ましをかけていたけど、03:40に目が覚めたのでそのまま起きて朝食を取った。いつもの助六寿司、オレンジジュース、バナナ2本、大きなプリン、小さなパン2個、だったと思う。
 バイクに冷蔵庫のボトルを装着して外に出し、袋の中身をチェックしたりしていたら軽い便意が。70点くらいのウンコが出たので気分的に少し軽くなった。
 05:00にホテル前に集合したけど永田さんが来ない。なかなか来ないので部屋を見に行ったらまだ寝ていた。流石に大物は違う(笑)。
 今回から各自でナンバリングなので、ザイマさんと腕に番号を書き合った。ちょっと調子に乗って左の脹ら脛に年齢の「50」を書いて貰った。同じエイジの選手に対しての宣戦布告である(^^)。
 さあ行こうとしたら田川さんのタイヤがパンク。こっちは応援の岡田さんが直ぐに交換してくれて準備完了。
 受付まで押していってアンクルバンドを貰い、バイクやトランジットバッグをセットしていたら時間は直ぐに過ぎる。家族全員がトライアスリートである濱畑一家にも会い、話をしていたら受付数分前に永田さんが来た。

07201  詳細は各パート毎に後日書いていこうかと思うけど、兎に角暑い1日に成りそうだったのでその線に沿って作戦を考えた。
 スイムは気温の影響を受けにくいので、普通に準備運動のつもりで無理せずに泳ぐ。肋骨の痛みは湿布薬が効くことを祈って出来るだけ忘れる。
 バイクとランは暑さで潰れないことを第一とした。私の特性的に一瞬でも暑さの限界を超えたら、少し強度を落とした位では競技を続けながらの回復は出来ない。能力が極端に落ちたまま競技続行するか、30分の単位で一旦停止して身体を冷やさないと回復できない。
 本当は直腸温度ででも管理したら良いのだと思うけど、取りあえずは心拍を見ながら急上昇の傾向が見えれば思い切って強度を下げることにした。
 ターゲットの心拍数は今までの例から、この気温で160以上の事はあり得ないだろうと思っていた。詳細は走りながら決定するつもり。
 要は凄く守りのレース展開を考えてスタート位置に付いたことになる。この判断がヘタレの判断に成るのか、酷暑状態の正解に成るのかはこの時点では全く解らず、少し不安な気持ちが心を支配していた。

 スイムは前半は軽いバトルの中で泳ぎにくかったけど、後半は人がばらけてきてフォームを考えて泳ぐ事が出来た。1:04:58は今までのベストタイム。スイミング教室の効果が出だしたか?

 バイクは5km程度を走り終えた段階で、155拍-160拍を今日のターゲットにすることに決めた。結果的にこの強度はバイク単独では低く、酷暑のランを含めれば適当な強度だったように思う。
 5:02:14もこれまでのベストタイム。5時間は切れなかったけど、強度をコントロールして疲れもあまりなく、準備した補給食も全部食べることが出来たので成功した走りだったと思う。

 ランは酷暑状態での自分の能力評価に誤りがあった。どんな状態でも4時間を超えることは無かろうと思っていたので全般的な目標ペースが速すぎた。最初からもう少し低い能力評価で走っていれば、最終的には4:11:21よりも良いタイムでゴールできた様に思う。
 もう一つは最後の気持ちの切れ。勝てる確立は5%以下と思っていた岸田さんを折り返し後に追い越した後、「良くやった、もう良いよ」的なヤツが心の中に出てきてしまった。去年は最後の最後まで前のランナーを追い続けていたのに、今年は市街地に入ってからの信号などで逆に抜かれてしまう事が有った。
 結果的に他の選手の方が、私よりも大きな判断ミスをしたり失速したせいでランでも順位を上げることは出来たけど、なんか去年ほど満足感の有るランでは無かった。

07202  ゴールタイムが10時間20分を切って居ることまでは自分で解った。よく頑張ったと言う気持ちと、10時間が切れなかった失望感と、他の選手も凄く遅かったから100位くらいには入っているだろうという期待感など、色々な気持ちが混ざっていた。
 暑さと多量の水分の吸収に胃腸が疲れてしまったのか、軽い吐き気が有って鉄人ラーメンを食べることが出来なかった。このままでは回復が遅くなると懸念して、無理にアイスクリームを食べて、持参した魚肉ソーセージと菓子パンを食べるのがやっとだった。
 ゴールした仲間と話をしたり、応援の仲間と話をしたりした。この瞬間が楽しくて充実感を感じるのだけど、今年は吐き気のせいで2/3くらいの時間は芝生の上に倒れるように寝ていて楽しむ事が出来なかった。
 廻りでも沢山の選手が寝ていたし、元気そうに見えたマイマイや岸田嫁は点滴を受けたらしい。救急車の音も何回も聞いた。元気な選手は藤原さん一人だったのかもしれない(笑)。
 14時間に近くなって花屋の小娘が帰ってきた。すれ違った位置がスタート地点にあまりに近かったのと、彼女には似つかわしくなく「間に合わんかもしれ~ん」等と弱音を吐いていたので心配していた。
 それなのにゴール後は一番元気そうにしていたので驚いた。着替えもせずに、そのままバスに乗ってさあ帰ろうと言い出す。肉体の構造が違うのかもしれん。

 バイクやトランジットバッグを回収し、ホテルに戻ってほっと一息ついた。取りあえず家に電話した。WEBの速報では56位だと教えて貰った。年代別でも2位じゃないか?とも言われた。疲れていたからか、嬉しいと言うよりも安心したような気持ちで電話を切った。
 寝たような起きたような時間が経過して、誰かが呼ぶから出てみると永田さんだった。皆で晩飯を食いに行こうと誘ってくれたけど、軽い吐き気が続いていて、他人と食事が出来る感じじゃ無かったので断った。去年は焼き肉を多量に食べたというのに偉い違いで悲しかった。
 その後も少し頑張ってバナナとソーセージとパンを食べビタミン剤を飲んだ。ウェットを洗う元気もなく、風呂に入る元気もなく、パンツ1枚でベッドの上に倒れるように寝てそのままの時間を過ごした。
 夜中に何回も寝ては起きてを繰り返した。全然眠ってないような気がしたけど、時計は確実に朝に向かっていた。

 写真はDr.Treckyさんの所と、みょんみチャンの所から頂きました。

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